落語とジャズのイキな関係―コール&レスポンス=「打てば響く」の妙技―

 日本の戦国大名が抱えていた御伽衆(おとぎしゅう)の話が原型と言われている1600年頃に生まれた落語と1900年頃にアメリカのニューオリンズで生まれたジャズ。生まれも育ちも全く違いますが、ジャズ愛好者やジャズプレーヤーには落語好きが多く、逆もまた同じようです。何が両者を引きつけるのか、その秘密を探ってみましょう。

江戸時代の美意識「イキ」

 国語辞典によると、「イキ」とは、身なりや振る舞いが洗練されていて格好よい様子ですが、相手の思いを察していたわる、他者を尊重する、誰に対しても平等に接する、異質なものも尊重するなど、共生や互助の精神、平和への願いを根底にもった江戸時代の人生哲学でもありました。江戸は「イキ」を好み、それに対して上方は「すい」(垢ぬけした艶めかしさ)を好みました。落語も、江戸ではとぼけた味や「イキ」な人情噺(にんじょうばなし)を喜ぶのに対して、上方はおもいきり笑わせる描写が求められました。
 「イキ」な様子のひとつに「打てば響く」という言葉があります。太鼓や鐘を叩くとすぐに音が出るように、すぐに反応する江戸っ子の対応の素早さを表現した言葉です。明治時代、来日した外国人が一番びっくりしたのは、江戸の車夫たち(人力車をひく人)の外国語を習得するスピードの早さだったと言います。まさに「打てば響く」を如実に表したエピソードです。
 −相手を尊重して、変幻自在に素早く反応するアート−落語とジャズにはそんな秘密のつながりがあるようです。

JAZZ

 ジャズは、アフリカとヨーロッパに根ざした音楽が結合・変容し、バンド演奏のアドリブ(即興演奏)部分が拡大されて生まれたと言われています。その即興演奏がジャズの最大の魅力と言えます。
 また、手法の1つに「コール&レスポンス」という要素があります。ジャズのルーツの1つであるアフリカの伝統的な表現形式で、最初の数小節をリーダーが歌い、後の数小節をグループが応対する形で組み立てられています。ジャズの場合、テーマからアドリブまで、「コール&レスポンス」で出来上がっていると言っても過言ではないでしょう。

『ああ言えば』→『こう言う』で切り返すところが面白く、「イキ」なところと言えるでしょう。
 「ジャズ落語」で来県される林家正蔵さんは、尊敬する噺家(はなしか)の師匠から、「ジャズ・ヴォーカリストも噺家も声が大事で、小粋な感じが大切」と言われたそうです。

落語

 さて、もう一方の落語ですが定義をすると、一人話芸で、おもしろい話でオチ(機転の効いた結末)があるものです。
 落語での「コール&レスポンス」は、落語家と観客の間で行われます。演劇やコンサートでは、客席の電気を暗くして舞台を明るく引き立てるのが普通ですが、落語は明るいままです。また、噺(はなし)の中で観客に受けないところは削るか修正され、受けたところは、そのまま維持するかもっと受けるように拡大されていきます。落語が「生きた芸能」と言われるのは、それゆえです。即興から生まれ、現在進行形で進化するジャズとの共通点はここにも見受けられます。
 落語のコール&レスポンスは、公演当日の気候でも有効です。お天気のいい日だったら、カラッと笑える噺。雨の降る日はしんみりジワッとくる噺。その日の天候でも演目が変わります。特に、休日の昼間は、明るく楽しい落語が選ばれますので、おすすめですよ。

「ジャズ落語」出演者林家正蔵師匠にインタビュー

“ジャズ落語”を始められたキッカケ

 私はもともとジャズが大好きで、中学生のころからジャズを聴き始めたんです。中学校の時はブラスバンド部に所属してユーフォニアムを吹いていました。でもそれ以来ずっと、楽器からは遠ざかっていたんです。
 そのような折、ある落語会の企画で、ジャズミュージシャンの生涯を落語でやってみようと思い立ちました。ならば音楽落語、そう、“ジャズ落語”にしようということで、再び楽器を手にしました。そこで初めてトランペットを手にしたんです。
 次に、どなたか良いピアニストの方はいないかなぁ、と。一緒にやってくださる、お笑いのセンスのある、ハートウォームな方はいないかしらと思っていたところに、佐山雅弘さんというジャズピアニストの先生に出逢ったんです。それから、「ジャズ落語」と題し、色々な内容の公演を趣向を凝らして行っています。

「ジャズ落語」公演の魅力

 落語とジャズには共通点がたくさんあります。そのひとつは“表現の自由さ”だと思います。私ども噺家は、その日の演目を会場のお客様のお顔を拝見してから決めることが多いんです。今日はお若い方が多いな、落語通の方が多そうだな、とか。ですから、毎回どんな舞台になるのか自分でも楽しみ。ジャズもきっと同じでしょう。お客様にそんな一期一会のひとときを存分に楽しんでいただければと思っています。

鳥取の皆さんへのメッセージ

 落語とジャズを一緒に楽しめる機会はめったにありません。落語を初めて生で聴く方もいらっしゃるでしょうし、ジャズを聴いたことがないという方もいらっしゃるでしょう。両方ともまったく初めてという方もいらっしゃるでしょう。そういう方にぜひ来て頂きたい。ジャズ、そして落語を好きになっていただける良いきっかけになればうれしいですね。きっと楽しんでいただけると思います。もちろん、両方とも好きという方にとっても、スペシャルな公演になるのではないでしょうか。心より皆さまのご来場をお待ちしています。

大家といえば親も同然

 2月に倉吉未来中心で公演される「ジャズ落語」では、長屋(ながや)の熊さん役の林家正蔵さんが、ジャズの指南を受けに、先生役の佐山雅弘さんの所へ行くストーリーになっています。落語によく出てくるのは、「長屋」「大家(おおや)」という表現です。「長屋」とは、四畳半の部屋+一畳半の土間のワンセットが並んだ建物で、薄い壁で仕切られている住居です。風呂・トイレ・井戸は共同です。壁越しに会話ができるので、家族のように和気あいあいと暮らしていました。
 また、「大家」はオーナーではなく長屋の管理人を指し、長屋を借りている人を「店子(たなこ)」と言います。大家は長屋の貸借の手続きを始め、日常のさまざまなことにかかわり、まさに店子にとって「親も同然」のように雑多な仕事をしていました。例えば、結婚は大家の承認が必要でしたし、出産・死亡・隠居・勘当・離婚の手続きもしました。店子が旅に出るときには往来手形(身分証明書)の申請など公用も受け持ちました。店子たちは大家に面倒をみてもらっているので、子どもが親に従うように、従わなければなりませんでした。
 現代人には長屋のような人間関係はわずらわしいでしょうが、当時は人間的な温かさにあふれつつ、過剰なおせっかいをせず、トラブルを避ける知恵をおのおのが持っていたようです。人情味あふれる「長屋」の落語噺が広く親しまれているのは、人間同士の豊かな触れ合いへの現代人のあこがれが含まれているのかもしれません。

【参考文献】● なぜ江戸っ子を「ちゃきちゃき」と言うのか 中江克己(PHP研究所)



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