世界を目指す表現者野村萬斎 粋で洒脱な「江戸前狂言」を表現する狂言師 野村萬斎。舞台・映画・CMなど多方面で活躍する彼のなかにある「狂言」とは。

野村萬斎(狂言師)
1966年生。祖父・故六世野村万藏及び父・野村万作に師事。重要無形文化財総合指定者。3歳で初舞台。東京芸術大学音楽学部卒業。「狂言ござる乃座」主宰。国内外で狂言・能の普及に貢献する一方、現代劇や映画・テレビドラマの主演、古典の技法を駆使した作品の演出、NHK『にほんごであそぼ』に出演するなど幅広く活躍。あらゆる活動を通し狂言の在り方を問うている。94年に文化庁芸術家在外研修制度により渡英。芸術祭新人賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞等を受賞。著書に『萬斎でござる』『MANSAI◎解体新書』(朝日新聞出版)、『狂言三人三様・野村萬斎の巻』(岩波書店)等がある。世田谷パブリックシアター芸術監督。

初舞台の頃…
「猿にはじまり狐に終わる」

私の家では多くの場合、狂言『靱猿(うつぼざる)』の子猿役で初舞台を踏みます。私も三歳で勤めました。初舞台のことはよく覚えていませんが、幕から出た時の、舞台は明るいところだという印象が残っています。子どもの頃は、帰宅した時父(万作)が家にいるかどうかが大問題でした。いれば稽古で、遊びに行けない訳ですから。私は祖父(六世万藏)と父に習いましたが、例えるなら祖父は「アメ」で、父は「ムチ」の怖い存在でした。思い入れがより強かったからだと思います。今の父を見ていると、孫に対して甘くなる点は、祖父とあまり変わらないようです。

狂言を「インプットされたプログラム」と
表現されていますが

狂言の稽古は、弟子に師匠の物真似をさせることから始まります。「このあたりの者でござる」と師匠がいえば、同じ抑揚・同じ声の大きさ・同じ気合でそれを繰り返すのです。せりふの言い方、表情、所作などの全てを、師匠をコピーするようにして身につけます。これを「口伝」といいますが、ここに理論や理屈はありません。個性や意思とも関係なく、狂言に必要な「プログラム」を「誤作動」しないように「インプット」するのです。高校生くらいまでは、型や約束事を押し付けられるようで、それが自己表現に結びつくとは思いもしませんでした。


「附子」※過去の公演写真より

狂言の道を自ら選んだきっかけは

高校3年の頃、私は自分で狂言師になることを決めました。きっかけはまず「三番叟(さんばそう)」を披(ひら)いた※こと。舞踊的な大変格式の高い曲目で、父の演じる姿を観て強く憧れた唯一の曲でした。身体を完全にコントロールできるようになるまで訓練し、技術が飛躍的に伸びた結果、型を自分で操ることやその奥深さが理解でき、狂言が面白いものに見えてきたのです。また黒澤明監督の映画『乱』への出演は、自分が持っている狂言の技術が、新しい創造や自己表現の手段になることに気付かせてくれました。受験勉強中に読んだ文章で、加藤周一さんが世界一流の表現者の中に祖父・六世万藏を挙げられていたことに衝撃を受けたのもその頃です。漠然と持っていた「世界に通用する表現者になりたい」という夢が、狂言の道を追求することと一致したのです。
※披く(ひらく)…狂言師が初めて狂言を勤める時に「披く」という言葉を使います。

狂言師に大事な資質とは

能楽界でも“四十、五十は鼻垂れ小僧”といわれますが、私もやっと鼻垂れ小僧になったばかりです。三十代くらいの若くて体力があるうちは技術や勢いを求めがちですが、ある程度年を取ると体力が落ちる分、技術を操る人間そのものが舞台に浮き彫りになってくる。インプットされた「型」が、ようやく体に馴染んで自然な表現になりはじめるのが四十代から、ということでしょうか。結局、人間性を含め大きくなろうとする向上心をもち続けることが大事なのではと思います。喜寿を超えた父の、自然体で力みもない、洒脱で豊かな表現には、これまでの努力と生き方全てが表れているように感じます。

倉吉公演に向けてメッセージをお願いします


「附子」※過去の公演写真より

鳥取県に伺うのは随分と久しぶりです。前回行ったのは鳥取市でしたが、駅前の風情からも県民の皆さんからも、どこか素朴で温かい印象を受けました。お客さんの反応は地域によっても少しずつ違います。今回はどうなるか、私たち演者も楽しみにしていますので、生の舞台ならではの雰囲気を楽しんで頂ければ幸いです。
今回の「附子(ぶす)」「二人袴(ふたりばかま)」は、狂言の中でも有名で、難しい言葉もほとんどなく、お子様からお年寄りまで楽しんで頂ける名作です。また公演の最初に、狂言の決まりごとや物語の背景の解説がありますので、いっそう深く面白く観て頂けることと思います。ぜひ公演でお目にかかりましょう!


| 目次にもどる| バックナンバー|

| 県民文化会館ホームページTOP | 鳥取県立倉吉未来中心ホームページTOP | 鳥取県文化振興財団ホームページTOP |